2025.12.02更新

はじめに

医療による処置のことを、日本語では昔から「手当て」と言います。

薬や高度な医療機器がなかった時代から、人は痛む場所や患部に「手を当てる」ことで、苦痛や不安が和らぐことを本能的に知っていたのでしょう。

今回は、 手という「愛」を伝える最高の医療器具について、少し科学的な視点からお話ししたいと思います。


大切な人に「愛」を伝える方法


皮膚は「第2の脳」。癒やしのスイッチ「C触覚線維」とは

受精卵がお母さんのお腹の中で成長していくとき、皮膚と脳は「外胚葉(がいはいよう)」という同じ細胞層から生まれます。つまり、皮膚と脳は兄弟のような関係であり、生物学的に「皮膚は露出した脳である」とも言われます。

私たちの皮膚には、痛みや温度を感じるセンサーとは別に、「優しく触れられることを専門に感知するセンサー」が存在することをご存知でしょうか?

それがC触覚線維(シーしょっかくせんい)と呼ばれる特殊な神経です。

このセンサーは、ただ触れるだけでは反応しません。スイッチが入る条件はとても繊細です。

⭐️柔らかいタッチであること(文献1)
⭐️毎秒1〜10cm程度の、ゆっくりとした速度であること(文献1)

例えば、泣いている赤ちゃんの背中をさするときや、愛しい人の頭を撫でるとき、私たちは無意識にこの「ゆっくりとした速度」になっていないでしょうか?

この条件で肌に触れられると、その信号は、通常の触覚とは異なる特別な経路を通って、情動を処理する脳の領域へ届き、深い幸福感や安心感がもたらされるのです。(文献2)。


オキシトシンは「愛情」ホルモン

C触覚線維というスイッチが入ると、脳内では「オキシトシン」というホルモンが分泌されます(文献3)。

オキシトシンは別名「愛情ホルモン」とも呼ばれ、ストレスを軽減し、情緒を安定させるために非常に重要な役割を果たします(文献4)。

現代社会で私たちは日々、多くのストレスにさらされ、知らず知らずのうちに「コルチゾール」というストレスホルモンが過剰になっています。 しかし、大切な人と触れ合い、オキシトシンが分泌されると、このコルチゾールの働きが抑えられることが医学的にわかっています(文献5)。

誰かに背中をさすってもらうだけで、張り詰めていた気が緩んで涙が出たり、肩の荷が降りたように感じたりするのは、決して気のせいではありません。「触れる」という行為そのものが、脳に対する抗ストレス薬のような働きをしてくれるのです。

年齢を重ねても衰えない「触れ合い」の感覚

医師として、私が特に感動を覚える人体の不思議があります。

それは、視力や聴力が加齢とともに低下していくのに対し、この「C触覚線維」の感度は、高齢になっても衰えにくいという研究結果があることです(文献6)。

さらに、年齢とともに皮膚に対する柔らかいタッチへの反応性が高まる(より心地よく感じられるようになる)とも報告されています(文献6)。

目が悪くなっても、耳が遠くなっても、「優しく触れられる心地よさ」や、それによって「愛されていると感じる能力」は、最期まで失われないと言えるでしょう。

これは、人間が社会的な生き物として、人生を通じて「他者との温かいつながり」を必要としているから……神様が私たちの身体をそのようにプログラムしたのではないか、とさえ思えます。


大切な人へ、言葉を超えた「手当て」を

ご家族やパートナーが、言葉によるコミュニケーションが難しい状況に——例えば、認知症が進んでしまったり、病気で会話がままならなくなったりすることもあるかもしれません。

そんな時、「言葉が届かないから」と諦めないでください。

ゆっくり背中をさする・・手を握って、じっと温かさを伝える・・その毎秒数センチの優しいタッチ(医学的に最適は毎秒3センチ)は、C触覚線維を通じて、言葉よりも確実なメッセージとして相手の脳に届いています。あなたが伝えたい「愛」や「感謝」の気持ちは、間違いなく伝わっています。


まとめ

私たちは医師として、薬を処方したり手術をしたりすることはできますが、ご家庭の中で皆様が大切な人にできる「手当て」の効果には及ばないと感じることも数多く経験しています。

マッサージの特別な技術は必要ありません。 ただ、あなたの想いを込めて、ゆっくりと手を当ててさすってあげましょう。


【参考文献】

1 CT afferents
Morrison I
Curr Biol
2012 Feb 7;22(3):R77-8

2 C-tactile afferent stimulating touch carries a positive affective value
R Pawling, et al.
PloS one
2017: e0173457

3 C-tactile afferents: Cutaneous mediators of oxytocin release during affiliative tactile interactions?Susannah C Walker, et al.
Neuropeptides
2017 Aug:64:27-38

4 Oxytocin: The love hormone
Harvard Health Publishing
Harvard Medical School, 2025.

5 The Yin and Yang of the oxytocin and stress systems: opposites, yet interdependent and intertwined determinants of lifelong health trajectories
Kerstin Uvnäs-Moberg, et al.
Front Endocrinol
2024 Apr 16:15:1272270

6 Evaluation of Affective Touch: A Comparison Between Two Groups of Younger and Older Females
Carina Schlintl, Anne Schienle
Exp Aging Res
2024 Oct-Dec;50(5):568-576





 

 


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制作・執筆:坂田修治(医師:美容外科・美容皮膚科 青い鳥 院長)
(最終更新日:2025年12月3日)

投稿者: 美容外科・美容皮膚科 青い鳥