はじめに
1970年代から80年代にかけて、日本中を席巻した「小麦色の肌」ブームをご存じでしょうか。あるいは、懐かしく思い出される方もいらっしゃるかもしれません。こんがりと焼けた肌は、健康的でアクティブなライフスタイルの象徴として、多くの若者の憧れでした。
しかし、このブームの終焉は、単なる流行の移り変わりではありませんでした。それは、私たち日本人が科学的な知見に基づき、「太陽(紫外線)との付き合い方」を変化させてきた歴史の表れでもあったのです。
欧米文化への憧れと「小麦色の肌」の時代
そもそも、なぜあの時代にこれほどまで日焼けが礼賛されたのでしょうか。
1970年代から80年代にかけて、日本で「小麦色の肌」が流行した理由の一つは、欧米の文化の影響でした。海外旅行が一般的になり、アメリカやヨーロッパの健康的でアクティブなライフスタイルが注目され、日焼けした肌がその象徴として受け止められました。
特にファッション誌や広告では、日焼けしたモデルが登場し、サーフィンやテニスといったアウトドアスポーツも人気を博しました。これにより、日焼けは「健康的」「活発的」といったポジティブなイメージを持たれるようになったのです。
「日光浴」から「外気浴」へ:母子手帳が語る変遷
その後、私たちの日光に対する認識がどのように変化したのか、その歴史を端的に物語っているのが「母子手帳(母子健康手帳)」の記述です。
かつて、母子手帳には「日光浴」を推奨する項目がありました。「赤ちゃんは日光に当てて丈夫に育てよう」というのが、当時の常識だったのです。しかし、オゾン層の破壊や紫外線による皮膚がん、そして美容医療の分野でも重視される「光老化(シミ・シワ)」のリスクが科学的に明らかになるにつれ、この常識は覆されます。
そして1998年(平成10年)、母子手帳からついに「日光浴」という言葉が消え、代わりに「外気浴」という言葉が使われるようになりました(文献1)。「直射日光に当たる」ことではなく、「外の空気に触れる」ことへと推奨が変わったことは、日本人が「日焼け=健康」という認識を改め、紫外線防御へと大きく舵を切った好例と言えるでしょう。
2025年、再び見直される「適度な日光」の重要性
それから四半世紀以上が経ち、「徹底した美白・紫外線対策」が定着した現在、再びその揺り戻しとも言える動きが出てきています。過度な紫外線対策による「ビタミンD不足」が、新たな健康リスクとして懸念され始めたのです。
2025年3月、日本小児科学会誌において「乳児期のビタミンD欠乏の予防に関する提言」が発表されました(文献2)。この提言の中では、現代の子供たちのビタミンD欠乏が深刻化している現状を踏まえ、食事やサプリメントでの補給に加え、適度な紫外線を浴びることの重要性があらためて強調されています。
かつての「無防備に焼く」時代から、「徹底的に避ける」時代を経て、現在は「害(光老化)を防ぎつつ、恩恵(ビタミンD)を得る」という、より賢くバランスの取れた付き合い方が求められる時代に入ったのです。
サプリメントだけでは代替できない「太陽の恩恵」
これまで美容医療の現場でも「紫外線は徹底的に避け、ビタミンDはサプリメントで補う」という指導が主流でした。しかし、最新の研究からは疑問が投げかけられています。
2025年の専門家のレビュー(文献3)によれば、日光を浴びることで皮膚で生成されるビタミンDやその関連物質の健康効果は、サプリメントでは完全には再現できないことが示唆されています。
さらに太陽光はビタミンD合成以外にも、以下のような複合的な恩恵をもたらすことがわかってきています。
◉皮膚からの一酸化窒素(NO)放出による血圧低下作用
◉免疫系の調整
◉メンタルヘルスへの好影響
実際、紫外線対策の先進国であるオーストラリアでは、単なる「日光回避」から方針を転換しています。UVインデックス(紫外線指数)に基づき、紫外線が強い時は防御しつつ、弱い時は適度に浴びることを推奨する、リスクとベネフィットのバランスを重視したガイドラインが定着し始めています。
まとめ:美容医療の視点から考える「攻めと守り」のバランス
⭐️かつての「小麦色ブーム」から「徹底美白」へ、そして今は「賢い共存」へと、太陽との距離感は進化しています。
⭐️美肌を守るためには紫外線からの「完全防御」という古い考え方を変えることが必要です。そもそも健康な身体こそが「美しい肌」の前提であるということは忘れてはいけません。
⭐️紫外線対策の先進国であるオーストラリアと日本とでは、紫外線の強さや環境も異なるため、日本の気候や日本人の肌質に合わせた、日本独自の「太陽との付き合い方」のガイドラインが必要です。
⭐️ただ避けるだけではなく、光老化のリスクをコントロールしながら、太陽の恵みも賢く取り入れる。それが、これからの時代の美容医療が提案すべき「最適解」なのかもしれません。
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*2025年10月1日調べ
【参考文献】
1)国民のビタミンD不足を補うための日光照射の勧め(2017年4月10日)
国立環境研究所
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20170410/20170410.html
2)日本小児医療保健協議会栄養委員会 "乳児期のビタミンD欠乏の予防に関する提言"
日本小児科学会雑誌
2025;129(3):494-496
3)Beneficial health effects of ultraviolet radiation: expert review and conference report
Uwe Riedmann, et al.
Photochem Photobiol Sci
2025 Jun;24(6):867-893

制作・執筆:坂田修治(医師:美容外科・美容皮膚科 青い鳥 院長)
(最終更新日:2025年11月23日)





