■専門家が情報を伝えるということ
ツイッターをはじめて1年が過ぎました。規則正しく1日3個つぶやき続けています。私の場合は美容医学、抗加齢医学に関連した文献から情報を切り抜いて紹介しているのですが、文献といってもピンキリで、怪しげな情報にもいくらでも出会いますが、誤りの「少ない」情報提供をいつも心がけています。
すべて正しいと言いたいところですが、神様ではないので、間違う可能性はいくらでもあります。実際に何を発信するかにはいつも頭を悩ませていて、その判断基準は長年の経験に基づく「大局観」としかいいようがありません。
■騒動一部始終
先日Twitterに、大学人としての華々しい経歴を掲載している先生が「レチノールを夏に使うのは控えた方がいい。皮膚癌のリスクが高くなるから。」とツイートしてちょっとした騒ぎになりました。まもなく別の皮膚科専門医の方が「デマに騙されないように!レチノールやディフェリンではなく、それはパルミチン酸レチノールの問題。」と火消し役を果して、この騒ぎは終息に向かったのでした。
■ほんとうの終息に向けて
ただ、「パルミチン酸レチノールの問題」なら一安心・・なわけはなく、やはり大問題。パルミチン酸レチノールを含有するコスメなんて日本はもちろん世界中にあふれています。
すべての始まりは、実験用に遺伝子操作された特殊なマウスに、パルミチン酸レチノールを塗って紫外線をあてると皮膚腫瘍が増えたという報告。米国FDA内の毒性を研究する機関が10年ほど前からポツポツ発表しています。
私の「大局観」からすると、パルミチン酸レチノールはシロ。そもそもFDAが人間での安全性を承認したから、さまざまなコスメ製品に使われているわけで、安全性に懸念があるというなら、しかも同じFDA内の機関が報告しているなら、10年もこの問題が放置されるわけがない。FDAがコスメメーカーに安全性の再調査を命じたという話は一向に聞こえてきません。
私の「大局観」では、みなさんが安心しないでしょうから、皮膚科領域での一流紙がこの問題をどう取り上げたか紹介します。American Journal of Clinical Dermatologyは2021年に出した総説でこう総括しています。
「十分に立証されていないし、(マウスの実験だけで)人では報告されてもいない。さらなる研究が必要である。」
紹介だけして、それ以上議論すらしていません。
American Journal of Clinical Dermatologyという虎の威を借りるのはイヤらしいですが、パルミチン酸レチノールの安全性には現時点で疑問の余地はないと結論づけさせていただきます。
■あらためて考えさせられること
自分のツイートを見て下さる方には少しでも有益な情報を提供したいという気持ちは誰でもあるから、ツイッターに勇み足で投稿した先生を非難する気にはとうていならないのですが、しいて反省点を探せば、情報の重大さに気づいて、情報の裏を取る努力をして欲しかった。専門家であっても、その専門領域のすべてを知り尽くすことはできないわけで、今回は専門家として情報をSNSで発信することの難しさを痛感させられました。
(参考文献)
1) Sunscreens and photoaging: a review of current literature
Guan LL, et al.
Am J Clin Dermatol.
2021;22:819-828
2) Photo-co-carcinogenesis of topically applied retinyl palmitate in SKH-1 hairless mice
Boudreau MD, et al.
Photochem photobiol.
2017;93:1096-1114
3) Vitamin A and its derivatives in experimental photocarcinogenesis: preventive effects and relevance to humans
Shapiro SS, et al.
J Drugs Dermatol.
2013;12(4):458-463