2025.11.30更新

はじめに

現代の日本では、女性が脇毛を処理することはマナーや常識のように扱われています。しかし歴史を振り返ると、この感覚が生まれたのは実はごく最近のことです。

今につながる「女性の脇毛処理の常識」ができあがったのは、およそ1910〜1940年代のアメリカです。それ以前は、ごく一部の人だけが宗教的・文化的理由から体毛処理をしていました。

この記事では、1)脇毛の役割、2)古代〜19世紀の例外的な脇毛処理、3)1910〜40年代アメリカでの"常識"形成、4)医学的に検証する「におい」への実際の効果、を紐解いていきます。


本来、脇毛にはどんな役割があるのか

「いっそ全部なくなればいいのに」と思われがちな脇毛ですが、もともとはちゃんと意味があって生えています。

まず、脇毛は皮膚同士がこすれ合う部分で薄いクッションとなり、摩擦をやわらげます。また、汗腺が集中する脇では、脇毛が汗を拡散させることで体温調節や湿度調整に役立っていると考えられています。さらに、においを保持・拡散する役割や、紫外線から皮下のリンパ節を保護し免疫システムに影響を及ぼしている可能性も指摘されています(文献1)。

つまり脇毛は、摩擦・汗・においといった生理的なテーマに深く関わる「機能を持った毛」なのです。それなのに、なぜ私たちは「ない方がきれい」「ない方が女性らしい」と感じるようになったのか。そのギャップを理解するには、歴史をさかのぼってみる必要があります。


古代〜19世紀に見られた「例外的な脇毛処理」

「脇毛処理の歴史」は1910年代のアメリカがスタートとされますが、実際にはそれ以前から限られた人々の間で行われていました。

古代エジプトでは、神官や上流階級が宗教的・衛生的理由から全身除毛を行っており、脇毛もおそらく含まれていたと考えられます。古代ギリシアやローマでも、一部の女性が美意識や階級性と結びつけて脚やビキニラインの毛を処理していた可能性があります。

中世から近代ヨーロッパでは、宮廷社会や舞台芸術で肌を見せる女性たちが露出部位の体毛を整えていましたが、一般的な衣服は長袖で襟ぐりも高く、脇が人目に触れる機会はほとんどありませんでした。

つまり、古代から19世紀までの脇毛処理は、宗教儀礼、上流階級の美意識、特定の職業文化と結びついた、ごく限られた習慣でした。

脇毛処理はこうして常識化した


1910〜40年代アメリカで生まれた「脇毛処理の常識」(文献2)

現代につながる脇毛処理の習慣が誕生したのは、1910年代のアメリカでした。

ヨーロッパの白人文化では伝統的に体毛の除去を控える傾向があったため、ヨーロッパ系移民が多数を占めるアメリカ社会では一般的な習慣ではありませんでした。

しかし、わずか30年ほどで「処理すべきもの」として認識されるようになったのです。

ファッションと産業が作った新市場

この変化を生んだのは、三つの要因の収束でした。男性用カミソリ産業の女性市場への拡大、袖なしドレスなど女性ファッションの「大規模な公開(unveiling)」、そして女性誌の台頭です。

1915年5月、ハーパース・バザー誌に掲載された脱毛パウダー「X Bazin」の広告には、腕を頭上に挙げたノースリーブ姿の女性が描かれ、「夏のドレスとモダンダンスは、不快な毛の除去を必要とする」というメッセージが掲げられました。これは、脇毛処理がまだ「未知の習慣」だった消費者への「教育的」なアプローチでした。

同年7月、ジレット社が女性向け安全カミソリ「ミレディ・デコルテ」を発売。広告では「ファッションは、イブニングガウンはノースリーブであるべきだと述べている...脇の下は顔のように滑らかでなければならない」と訴えかけました。こうして1920年代には脇毛処理がアメリカ社会に浸透し、1940年代にはほぼ「常識」として確立されたのです。

デオドラント広告が煽った「におい不安」

もう一つの重要な要因が、デオドラント業界のマーケティング戦略です。

1919年のオドロノ社の広告「女性の腕のカーブの内側で」は、「女性が自分の体臭に気づかずに社会的に拒絶される可能性がある」という不安を巧みに煽り、売上を増加させました。

デオドラント広告は、無毛の脇と無臭をセットで理想化し、「体臭は社会的不利益」という新しい価値観を作り出したのです。

「無毛=女性らしさ」という新しい価値観

広告は、脇毛を「不快なもの」、「恥ずかしいもの」、「見苦しいもの」と否定的に表現する一方、毛のない女性を「魅力的」、「女性らしい」、「衛生的」、「清潔」と称しました。

脱毛製品の消費を通じて達成できる「新しい女性らしさ」のモデルが提示されたのです。この時期は、女性の身体認識に「深い変化」が起きた時代でもありました。歴史家Brumbergが述べるように、「1920年代には、身体そのものがファッションとなった」のです。女性は道徳や人格だけでなく、外見の提示にも焦点を当てるようになりました。

社会心理学の研究によれば、こうして形成された「無毛=女性らしさ・若さ・清潔」という意味付けは、広告・メディア・ファッション業界が一体となって作り上げた社会的構築物であることが、多くの学術研究で指摘されています。

つまり、女性の脇毛処理の「常識」は、生理的必然ではなく、産業界が主導して、上流階級の消費者の影響を受けて生まれた、比較的新しい規範なのです。


医学が証明する「におい」への実際の効果

脇毛を処理することで、脇の体臭を短期的には抑えることができるとされますが、その効果は24時間後までは持続するものの、その後急速に減少することが示されています(文献3)。

日本人女性82名を対象とした研究では「高頻度・中頻度・低頻度の剃毛群間で脇のにおいの強度に有意差は認められなかった」と報告されていて、剃毛頻度と腋のにおいの軽減の関連性は低いことが示唆されています。

こうしたことから実際的には、脇毛の処理でにおいの軽減を期待するのは無理と言えるでしょう。


おわりに:脇毛が“嫌われる”ようになった背景を知ることは、自分の選択を楽にする

脇毛は本来、「機能を持った毛」です。

一般の女性が「脇毛を処理するのが当たり前」と考えるようになったのは、20世紀に入ってから、アメリカのファッションと広告、デオドラント産業が連携するかたちで「脇毛=恥ずかしい」「無毛=女性らしさ」という物語を作り上げていったからです。

この歴史を知ることは、「だから毛を残そう」という単純な結論のためではありません。

ただ、「自分がいちばんラクで、気分よく過ごせる脇ケアは何か」を考えるきっかけとされてはいかがでしょうか。


【参考文献】

1)  A moat around castle walls. The role of axillary and facial hair in lymph node protection from mutagenic factors
Svetlana V Komarova
Med Hypotheses
2006;67(4):698-701

2)  Hair or Bare?: The History of American Women and Hair Removal, 1914-1934
Kirsten Hansen
https://history.barnard.edu/sites/default/files/inline-files/Hansen_HairOrBare_2007.pdf

3)  A comparative clinical study of different hair removal procedures and their impact on axillary odor reduction in men
Anthony Lanzalaco, et al.
J Cosmet Dermatol
2015 Dec 10;15(1):58–65

4)  Characteristics of Axillary Odor in the Modern Japanese Female
Ayumi Kyuka, et al.
J Soc Cosmet Chem Jpn
2017;51(2):147-152



 


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制作・執筆:坂田修治(医師:美容外科・美容皮膚科 青い鳥 院長)
(最終更新日:2025年11月30日)

投稿者: 美容外科・美容皮膚科 青い鳥