数年前から植物由来のバクチオールというコスメ成分が話題です。「次世代レチノール」、「第二のレチノール」、「レチノールに代わる・・」などと、キャッチフレーズにはいつもレチノールがついています。
この場合、レチノイドの中でも「レチノール」を相手に選んだのがニクい。これがレチナールだと知名度が低いので、消費者の心に響かないし、トレチノインを選ぶとただではすまない。レチノイドはトレチノインを中心に学問的に発展してきました。「トレチノインに代わる・・」などと言われたら、いきなり本丸に土足で踏み込まれたようで、皮膚科医、美容皮膚科医が騒ぎます。
そこで、「レチノール」。これが感心するほどにちょうどよい。これだとたいていの医師からしたら、騒ぐのも大人気ないかなと思ってしまいます。そして、私がそうであったように、とくに調べることもしないで、バクチオール=レチノールで納得してしまいます。
レチノールのイメージを刷り込ませることで、説明するまでもなく、どんな効果か消費者に勝手に想像させますし、さらには効果のほどまで納得させてしまうのですから、メーカーのマーケティング戦略は見事です。
逆に決してほめられないのが、皮膚科領域では指折りのブリティッシュ・ジャーナル・オブ・ダーマトロジー(BJD)誌。バクチオールがレチノールと同程度の効果とした臨床研究は、BJD誌に掲載されています。
しかし、私ですら一読して、アレ?と思う箇所に気づきます。バクチオールとレチノールの比較試験ですが、バクチオールは1日2回塗るのに、レチノールは1日1回だけで、これでまともな比較試験になるのか?
これほどのジャーナルになれば、偉すぎるほどの専門家が複数で審査しているはずですが、きちんとした専門家からもきちんとした、そもそも研究デザインから間違っていて、結論をミスリーディングしていると批判される始末で、こんな臨床研究の根幹に関わるところで批判を受けるなんて、一流誌として恥ずかしいこと。
ただ、レチノールとの類似性を打ちだしたマーケティング戦略も見事なら、ついには世界で指折りのジャーナルまで巻き添えにしたという意味では、メーカーの努力は素直に賞賛すべきと言えるでしょう。
さて、肝心のバクチオールですが、言うほどにはレチノールに似ていません。そもそもバクチオールはレチノイド受容体には結合しないので、レチノイドとは言えない。まったくのニセモノ、いや、別物。
まったくの別物をレチノールに仕立て上げるわけですから、そこにはメーカーの涙ぐましい努力があります。近頃は「エビデンス」という言葉も一般的になり、コスメにもエビデンスが求められるわけですが、それを自作自演で自分たちの販売戦略に忠実に作り上げてしまいます。
バクチオールの光老化皮膚への有効性を論じた最初の論文は、メーカーの研究員が書いています。冒頭からバクチオールではなく、ひたらすらレチノイドの話が展開され、全体的にもレチノールとの類似性をこれでもかと強調しています。最初これを読み終えたとき、レチノールとの類似性を強制的に理解させられただけで、バクチオールの全体像はさっぱりわからないという、不思議な気分になりました。
バクチオールには、抗酸化や抗炎症作用があり、心臓や肝臓の臓器保護に有用ではないかという基礎系の論文もありますが、臨床的に使われる段階にはないので、まだまだ未知数。「美容には夢が必要」という持論を持っている私ですが、さすがにバクチオールは夢というよりまだまだ「幻」に近い。
コスメとしてのバクチオールは、レチノイドではないので当たり前ですが、刺激反応もなく使いやすいようです。現在気に入って使用しているなら、あえてやめることもありません。ただ、もし「使いやすい」レチノールをお探しなら、バクチオールに手を出すのではなく、あくまでレチノールで、ただその使い方を工夫すべきでしょう。
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(参考文献)
1)Prospective, randomized, double-blind assessment of topical bakuchiol and retinol for facial photoageing
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2)Bakuchiol: a retinol-like functional compound revealed by gene expression profiling and clinically proven to have anti-aging effects
Chaudhuri RK,et al.
Int J Cosmet Sci.
2014;36(3):221-230
3)Cosmetic commentary: Is bakuchiol the new skincare hero?
Spierings NMK
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4)Bakuchiol: A new discovered warrior against organ damage
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2019;141:208-213