2022.07.31更新

大局観

 

日頃、こうしてブログや様々なSNSを通じて美容情報、とくに皮膚科学、美容医学、抗加齢医学に関連した医学文献から情報を紹介することが多いのですが、たとえ学術文献といってもピンきりで、怪しげなものはいくらでもあります。

最近は生成AIを活用した医学文献検索ツールがあるので、イカサマ情報に引っかかる可能性は相当低くなりましたが、それでもリスクはゼロでないといつも自分を戒めています。結局、最後は長年の経験に基づく「大局観」で何をどう発信するか決めるしかありません。

本記事では、最近あった事例をもとに、専門家として発信することの難しさ、問題になったパルミチン酸レチノールの安全性の真実に迫ります。


拡散された専門家からの情報

先日、大学人としての華々しい経歴を掲載している先生が「レチノールを夏に使うのは控えた方がいい。皮膚癌のリスクが高くなるから。」とSNSに投稿したことが騒動の発端となりました。これに対し、別の皮膚科専門医は「デマに騙されないように!レチノールやディフェリンではなく、それはパルミチン酸レチノールの問題。」と指摘し、事態の沈静化を図りました。

しかし、「パルミチン酸レチノールの問題」であれば安心というわけではありません。パルミチン酸レチノールは、日本国内だけでなく世界中の多くの化粧品に配合されている一般的な成分です。この成分の安全性については、正確な情報に基づいて理解する必要があります。


パルミチン酸レチノールと紫外線の関係:研究報告の背景

騒動の根底には、遺伝子操作された特殊なマウスにパルミチン酸レチノールを塗布し、紫外線を照射したところ皮膚腫瘍が増加したという研究報告があります。これは、米国のFDA内部の毒性研究機関によって約10年前から散発的に発表されてきました。
この情報だけを見ると、パルミチン酸レチノールの紫外線下での使用に不安を感じるかもしれません。しかし、重要なのは、これが特殊な条件下での動物実験の結果であるという点です。

美容医師としての「大局観」
そもそも、パルミチン酸レチノールが多くの化粧品に使用されているのは、FDAをはじめとする各国の規制当局が人間に対する安全性を評価し、使用を認めているからです。もしFDA自身がその安全性に重大な懸念を抱いているのであれば、10年もの間、この問題が放置されるとは考えにくいでしょう。長年の経験に基づく「大局観」からは、このマウス実験の結果をもって直ちに人間の安全性を問題視するのはやりすぎと考えられます。


皮膚科学のジャーナルの見解
さらに信頼性の高い情報として、皮膚科領域で権威のある学術雑誌「American Journal of Clinical Dermatology」が2021年に発表した総説を紹介します。この総説では、パルミチン酸レチノールと皮膚腫瘍リスクに関する問題について、「十分に立証されておらず、(マウスの実験のみで)人間においては報告されていない。さらなる研究が必要である」と結論づけ、それ以上議論すらしていません。

やはり現時点においてパルミチン酸レチノールの安全性を過度に問題視する必要はないと結論づけることができるでしょう。


専門家が専門領域で発信することの難しさ

投稿を見てくださる人に少しでも有益な情報を提供したいという気持ちは誰でもあるため、勇み足で投稿した先生を非難する気にはとうていなりません。しいて反省点を探せば、情報の重大さに気づいて、情報の裏を取る努力をしてほしかったと思います。現代医学においては、専門家であっても、専門領域のすべてを知り尽くすことはとてもできないのですから。


まとめ

◆パルミチン酸レチノールの安全性について、SNS上で勃発した騒動について解説しました。現時点での科学的根拠に基づけば、パルミチン酸レチノールを含む化粧品の使用を恐れる必要はありません。


◆今回の騒動は、専門家であっても情報発信の難しさに直面するという教訓を与えてくれました。特に健康や美容に関する情報は、その重大性を認識し、発信する前に多角的な視点から情報の裏付けを取る努力が不可欠です。


◆パルミチン酸レチノールに関するFDAの動向や新たな研究報告には引き続き注意を払う必要がありますが、現時点ではその安全性について心配は不要と言えるでしょう。

 

(参考文献)
1) Sunscreens and photoaging: a review of current literature
Guan LL, et al.
Am J Clin Dermatol.
2021;22:819-828

2) Photo-co-carcinogenesis of topically applied retinyl palmitate in SKH-1 hairless mice
Boudreau MD, et al.
Photochem photobiol.
2017;93:1096-1114

3) Vitamin A and its derivatives in experimental photocarcinogenesis: preventive effects and relevance to humans
Shapiro SS, et al.
J Drugs Dermatol.
2013;12(4):458-463

 

 

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制作・執筆:坂田修治(医師:美容外科・美容皮膚科 青い鳥 院長)
(最終更新日:2025年5月14日)

投稿者: 美容外科・美容皮膚科 青い鳥

2022.07.18更新

前回書いたようにバストを下垂させる要素として
・加齢
・22.7キロ(50ポンド)を越える体重減少
・肥満
・大きなブラサイズ
・妊娠回数が多い
・喫煙
を指摘した報告の中で、強調されていたのは、ひとつは「母乳育児は下垂の原因ではない」であり、もうひとつが、「筋トレしても下垂の予防や改善にはならない」ということ。

バストの下垂に関して、問題があると思うのは「クーパー靱帯が伸びてバストがたれてしまう」という説明。

あたかもクーパー靭帯が胸壁から伸びて乳房全体を支えているように誤解されやすいのですが、実はクーパー靱帯は乳腺組織と皮膚をつなぐ靭帯です。

バストの下垂を報告した米国の形成外科医は、筋トレが役に立たない理由をうまく説明してします。

「バストは皮膚とは強く、筋肉(胸壁)とはゆるくつながっています。(筋トレをしても)バストは筋肉とともに上がる以上に、皮膚とともに落ちるものなのです。」

これだけでは希望を打ち砕くだけですが、希望の灯として、ワコールからの発表を紹介しておきます。

ワコールが集積している日本人女性の体型計測のデータ解析によると、加齢による体型の変化は誰でも同じように進むのですが、進み方には個人差があって、40代、50代になっても20代の体型を維持している女性が2割ほどいるそうです。その人たちの特徴として以下の3つが挙げられています。

1)運動
特別ハードなトレーニングというわけではなく、美しい姿勢を意識していたり、たくさん歩いたり、身体をよく動かすことを心がけている。
2)食事
規則正しい食生活をしている。
3)下着
正しいサイズの下着を着用している。

ワコールの悪いクセ(?)は最後は必ずサイズの合った下着が大切と話をまとめようとするところ。まあそれは民間営利企業だから仕方ないと大目に見ることにするとして、注目すべきは「たくさん歩いたり」が挙げられていること。


揺らした方が

「バストが垂れるから有酸素運動はしない方がよい、筋トレだけしてればいい!」という見解があるのを知って、それに反論しようと、ここ数ヶ月バストや有酸素運動について文献を読みあさったのですが、「たとえバストを揺らすとしても、ウォーキングやジョギングなど積極的に身体を動かして健康的な生活を送ることが、結局は体型維持の秘訣である!」を結論とさせていただきます。

 



(参考文献)
1) Breast ptosis: causes and cure
Rinker B,et al.
Ann Plast Surg.
2010;64(5):579-584

2) 日本女性の加齢による体型変化
坂本 晶子
アンチ・エイジング医学
2014;10(6):78-83

3) ボディエイジング〜加齢による女性の体型変化〜
岸本 泰蔵
日皮協ジャーナル
No.65(2011.2):278-286

 

 

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投稿者: 美容外科・美容皮膚科 青い鳥

2022.07.03更新

論理の誤りの典型に「単なる前後関係を因果関係と見誤る」というのがあります。たとえば洗車をしたら雨が降ってすぐ汚れたことから、「洗車をしたから雨が降った!」と洗車が原因、雨が結果と思い込むこと。

これくらいバカバカしいとすぐに見透かすことができますが、では「授乳するとバストが垂れる」はどうでしょう?

何がバストを下向きにするのか


実際、世界の文化圏をまたいで、「授乳はバストの形を崩す」伝説はひろまっています。イタリアの女子高生の30%はそう信じていると回答していますし、ドミニカの女性が早めに母乳育児を切り上げる理由にもなっています。

このように「授乳はバストの形を崩す」伝説は、世界中の育児に影響を与えているわけですが、実は授乳がバストの形態にどう影響するか医学的な検証は行われていません。

バストは美容外科における大きな柱のひとつ。日本では圧倒的に胸を大きくする豊胸術が行われますが、米国では逆に大きく、垂れた胸を小さく、引き上げる手術がよく行われます。

肥満が社会問題になっている米国では、胃を小さくしたりする肥満に対する手術がよく行われ、その結果大幅に減量してバストが垂れて、今度はバストの下垂に対する美容手術の件数も伸びているとか。

そんなバストの下垂と日々向かいあう米国の形成外科医から、「何がバストを下垂させているか?」を検討した報告が出されました。

それによるとバストを下垂させる原因とされたのは
・加齢
・22.7キロ(50ポンド)を越える体重減少
・肥満
・大きなブラサイズ
・妊娠回数が多い
・喫煙
でした。

この報告は、「授乳はバストの下垂の原因にはならない」と結論づけています。「妊娠することで下垂したのであって、授乳したからではない」と、前後関係はあっても、原因と結果の因果関係にはないとしています。

報告した医師は、「授乳でバストが崩れる」ことへの懸念が、先進国で母乳育児する率が高まらない一因になっていると憂慮していますが、「妊娠でバストが崩れる」としたら、ますます少子化に拍車がかかるのではないかと私は憂慮してしまいます。


(参考文献)
Breast ptosis: causes and cure
Rinker B,et al.
Ann Plast Surg.
2010;64(5):579-584

 

 

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投稿者: 美容外科・美容皮膚科 青い鳥