2022.07.31更新

日頃、ネット上に流れる美容情報には、人を不安にさせるような情報があります。

「パルミチン酸レチニル(パルミチン酸レチノール)が入った化粧品を朝使うと、紫外線で皮膚がんになる」 、「朝レチノールは危険」などというのもその一つ。

パルミチン酸レチニル(パルミチン酸レチノール)は生体内におけるレチノールの貯蔵形態ですから、それと発がんが結びつくとは信じられませんが、一度と言わずに二度三度と目にすると不安になります。

以前、このブログでも「パルミチン酸レチニル(パルミチン酸レチノール)問題」について触れましたが、リライトするにあたり、改めて最新文献まで含めて調査しました。

結論を言えば、パルミチン酸レチニル(パルミチン酸レチノール)には、発がん性を心配する必要はなく、むしろ紫外線で傷ついたDNAを修復する「守護神」になり得るのです。

本記事では、ネット上で拡散されてきた「不安の根拠」である動物実験の意外な真実と、最新科学が明らかにした「DNAの修復」について解説します。

*パルミチン酸レチニルは慣習上パルミチン酸レチノールとも呼称されますが、以後は正式名である「パルミチン酸レチニル」で記載を統一します。

パルミチン酸レチニル問題


不安の正体:10年以上前の「マウス実験」に隠された真実


「レチノールを塗って紫外線を浴びると腫瘍ができる」という説の根拠は、実は古い報告書に由来しています。それは、2012年に米国国家毒性プログラム(NTP)が発表した「TR 568」という報告書です(文献1)。

この実験では、ヘアレスマウスにパルミチン酸レチニル入りのクリームを塗り、紫外線を当て続けたところ、皮膚腫瘍が増えたという結果が示されました。これだけ聞くと確かに不安になりますが、この実験には「重大な欠陥」がありました。


比較用の「ただのクリーム」でも腫瘍ができていた

科学実験では、薬効成分が入っていない「基剤(コントロールクリーム)」を塗ったグループと比較を行います。驚くべきことに、この実験では「パルミチン酸レチニルが入っていないただのクリーム」を塗っただけでも、何もしなかったマウスに比べて腫瘍の発生が早まり、数も増えてしまっていたのです。

後の検証により、クリームの材料として使われていた「アジピン酸ジイソプロピル」などの成分が、マウスの皮膚バリアを壊し、紫外線の害を増幅させていた可能性が高いことが判明しました。つまり、犯人はパルミチン酸レチニルではなく、「実験に使われたクリームそのもの」だった可能性が極めて高いのです(文献2)。

マウスとヒトの決定的な違い

さらに、実験に使われた「SKH-1ヘアレスマウス」は、人間と比べて皮膚が非常に薄く、紫外線による酸化ストレスを防御する能力が著しく低いことが分かっています。

欧州の安全性評価機関(SCCS)や米国の化粧品原料安全性評価委員会(CIR)は、この実験結果を精査した上で、「この結果を人間にそのまま当てはめることはできない」と結論付けました(文献3)。もし本当に危険なら、世界中の規制当局が日焼け止めへの配合を禁止しているはずですが、そのような規制は行われていません。


パラダイムシフト:2025年最新研究が示す「DNA修復」の力

これまでの議論は「パルミチン酸レチニルは危険ではない」という「守り」の姿勢でした。しかし、最新の研究はもっとアグレッシブです。「むしろ日中も塗るべきである」という強力な根拠が出てきています。

それは2025年に発表されたZhongらの最新研究です(文献4)。この研究では、パルミチン酸レチニルとレチノールの組み合わせが、紫外線(UVB)によって損傷したDNAを修復するメカニズムが解明されました。

具体的には、これらの成分が細胞内の「ATM-CHK2-p53」というシグナル伝達経路を活性化させ、壊れたDNAを修理する遺伝子(相同組換え修復遺伝子)のスイッチを入れることが分かったのです。 つまり、パルミチン酸レチニルは発がんを促すどころか、「がん化を防ぐための修復部隊」を指揮している可能性があるのです。


美容医療における「攻め」と「守り」の使い分け

では、私たちは明日からどうすれば良いのでしょうか? 最新の製剤学および皮膚科学の知見に基づき、レチノイドの特性に応じた正しい使い分けを提案します。

朝は「守り」のパルミチン酸レチニル

パルミチン酸レチニルは、純粋なレチノールと比較して分子構造が安定しており、皮膚への刺激性が極めて低いという特性があります。そのため、日中の紫外線下でも安定して機能します。

夜は「攻め」の純粋レチノール / トレチノイン

一方で、純粋レチノールや医薬品であるトレチノインは、強力なターンオーバー促進作用を持ちますが、光や熱に対して不安定であり、分解されやすい性質を持ちます。そのため「夜のみ」の使用が原則となります。

院長からのアドバイス:朝の最強ルーティン「朝レチノール」

「朝レチノール」を実践する場合は、以下の科学的根拠に基づいたルールを守ってください。

1️⃣ 成分を確認する: 朝使う製品には、安定性の高い「パルミチン酸レチニル(Retinyl Palmitate)」が配合されているものを選びましょう。

2️⃣ 日焼け止めは必須: パルミチン酸レチニルが紫外線を吸収しますが、それだけで全ての紫外線を防げるわけではありません。必ずSPF30以上の日焼け止めを併用してください。


まとめ

⭐️ネット上の古い情報や、不安を煽るだけの発信に惑わされないで下さい。パルミチン酸レチニルは、正しく使えば日中の過酷な環境からあなたの肌を守り、未来の美しさを育む頼もしい味方です。

⭐️当院では、最新の知見に基づき、科学的に理にかなったスキンケア指導を行っています。不安な点があれば、いつでも診察室でご相談ください。



クリニックで取り扱うレチノイド

 

【参考文献】

1 Photocarcinogenesis study of retinoic acid and retinyl palmitate [CAS Nos. 302-79-4 (All-trans-retinoic acid) and 79-81-2 (All-trans-retinyl palmitate)] in SKH-1 mice (Simulated Solar Light and Topical Application Study)
National Toxicology Program
Natl Toxicol Program Tech Rep Ser
2012 Jul:(568):1-352

2 Safety Assessment of Retinol, Retinoic Acid, and Retinyl Esters as used in cosmetics
CIR EXPERT PANEL MEETING JUNE 10-11,2013
https://www.cir-safety.org/sites/default/files/rp_buff_092012.pdf

3 SCCS (Scientific Committee on Consumer Safety), revision of the scientific Opinion (SCCS/1576/16) on vitamin A (Retinol, Retinyl Acetate, Retinyl Palmitate), preliminary version of 10 December 2021, final version of 24-25 October 2022, SCCS/1639/21

4 Synergistic effects of retinol and retinyl palmitate in alleviating UVB-induced DNA damage and promoting the homologous recombination repair in keratinocytes
Jiangming Zhong, et al.
Front Pharmacol
2025 Apr 24:16:1562244




 

 

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制作・執筆:坂田修治(医師:美容外科・美容皮膚科 青い鳥 院長)
(最終更新日:2025年12月1日)

投稿者: 美容外科・美容皮膚科 青い鳥