日頃、こうしてブログや様々なSNSを通じて美容情報、とくに皮膚科学、美容医学、抗加齢医学に関連した医学文献から情報を紹介することが多いのですが、たとえ学術文献といってもピンきりで、怪しげなものはいくらでもあります。
最近は生成AIを活用した医学文献検索ツールがあるので、イカサマ情報に引っかかる可能性は相当低くなりましたが、それでもリスクはゼロでないといつも自分を戒めています。結局、最後は長年の経験に基づく「大局観」で何をどう発信するか決めるしかありません。
本記事では、最近あった事例をもとに、専門家として発信することの難しさ、問題になったパルミチン酸レチノールの安全性の真実に迫ります。
拡散された専門家からの情報
先日、大学人としての華々しい経歴を掲載している先生が「レチノールを夏に使うのは控えた方がいい。皮膚癌のリスクが高くなるから。」とSNSに投稿したことが騒動の発端となりました。これに対し、別の皮膚科専門医は「デマに騙されないように!レチノールやディフェリンではなく、それはパルミチン酸レチノールの問題。」と指摘し、事態の沈静化を図りました。
しかし、「パルミチン酸レチノールの問題」であれば安心というわけではありません。パルミチン酸レチノールは、日本国内だけでなく世界中の多くの化粧品に配合されている一般的な成分です。この成分の安全性については、正確な情報に基づいて理解する必要があります。
パルミチン酸レチノールと紫外線の関係:研究報告の背景
騒動の根底には、遺伝子操作された特殊なマウスにパルミチン酸レチノールを塗布し、紫外線を照射したところ皮膚腫瘍が増加したという研究報告があります。これは、米国のFDA内部の毒性研究機関によって約10年前から散発的に発表されてきました。
この情報だけを見ると、パルミチン酸レチノールの紫外線下での使用に不安を感じるかもしれません。しかし、重要なのは、これが特殊な条件下での動物実験の結果であるという点です。
美容医師としての「大局観」
そもそも、パルミチン酸レチノールが多くの化粧品に使用されているのは、FDAをはじめとする各国の規制当局が人間に対する安全性を評価し、使用を認めているからです。もしFDA自身がその安全性に重大な懸念を抱いているのであれば、10年もの間、この問題が放置されるとは考えにくいでしょう。長年の経験に基づく「大局観」からは、このマウス実験の結果をもって直ちに人間の安全性を問題視するのはやりすぎと考えられます。
皮膚科学のジャーナルの見解
さらに信頼性の高い情報として、皮膚科領域で権威のある学術雑誌「American Journal of Clinical Dermatology」が2021年に発表した総説を紹介します。この総説では、パルミチン酸レチノールと皮膚腫瘍リスクに関する問題について、「十分に立証されておらず、(マウスの実験のみで)人間においては報告されていない。さらなる研究が必要である」と結論づけ、それ以上議論すらしていません。
やはり現時点においてパルミチン酸レチノールの安全性を過度に問題視する必要はないと結論づけることができるでしょう。
専門家が専門領域で発信することの難しさ
投稿を見てくださる人に少しでも有益な情報を提供したいという気持ちは誰でもあるため、勇み足で投稿した先生を非難する気にはとうていなりません。しいて反省点を探せば、情報の重大さに気づいて、情報の裏を取る努力をしてほしかったと思います。現代医学においては、専門家であっても、専門領域のすべてを知り尽くすことはとてもできないのですから。
まとめ
◆パルミチン酸レチノールの安全性について、SNS上で勃発した騒動について解説しました。現時点での科学的根拠に基づけば、パルミチン酸レチノールを含む化粧品の使用を恐れる必要はありません。
◆今回の騒動は、専門家であっても情報発信の難しさに直面するという教訓を与えてくれました。特に健康や美容に関する情報は、その重大性を認識し、発信する前に多角的な視点から情報の裏付けを取る努力が不可欠です。
◆パルミチン酸レチノールに関するFDAの動向や新たな研究報告には引き続き注意を払う必要がありますが、現時点ではその安全性について心配は不要と言えるでしょう。
(参考文献)
1) Sunscreens and photoaging: a review of current literature
Guan LL, et al.
Am J Clin Dermatol.
2021;22:819-828
2) Photo-co-carcinogenesis of topically applied retinyl palmitate in SKH-1 hairless mice
Boudreau MD, et al.
Photochem photobiol.
2017;93:1096-1114
3) Vitamin A and its derivatives in experimental photocarcinogenesis: preventive effects and relevance to humans
Shapiro SS, et al.
J Drugs Dermatol.
2013;12(4):458-463
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制作・執筆:坂田修治(医師:美容外科・美容皮膚科 青い鳥 院長)
(最終更新日:2025年5月14日)