毎日何気なく行っている洗顔。スキンケアの第一歩として欠かせない習慣ですが、実はその「洗う」という行為そのものに、肌を傷めるリスクが潜んでいることをご存知でしょうか。
洗顔の方法や回数を間違えると、肌荒れや乾燥を引き起こす原因になりかねません。今回は、洗顔の歴史を振り返りながら、私たちが忘れてはならない「洗顔のリスク」についてお話しします。
日本人と洗顔の歴史
日本における洗顔の歴史は古く、平安時代中期に編纂された『延喜式』には、洗料として澡豆(そうず)や皂莢(さいかち)が記されています(資料1)。当時の上流階級の女性たちは、これらを洗浄料として顔や髪を洗っていたと推測されます。
洗顔が一般に広まったのは江戸時代のことです。この時代、すでに「きめ細かでつややかな素肌」を目指すスキンケア意識が芽生えており、洗顔料としては糠(ぬか)が広く用いられていました(資料2)。
興味深いのは、文化10年(1813年)に著された佐山半七丸の『都風俗化粧伝』の記述です(資料3)。糠袋の項には、こう書かれています。
「糠袋を使うときは、顔に強くあてて洗ってはいけない、顔の肌理(きめ)が壊れる。そっとまわして使えば、糠汁もよく出て肌の肌理も細やかになり顔につやが出る」、さらに「熱すぎるお湯での洗顔は、肌に皺ができるため、ぬるま湯で」という注意書きもあります。
200年以上前から「擦りすぎは禁物」「熱いお湯はNG」という洗顔の基本が認識されていたのです。過度な洗顔が肌荒れや乾燥を招くことは、江戸の人々もすでに経験的に知っていたといえるでしょう。
洗顔が持つ最大のリスクとは
洗顔の最大の潜在的問題点、それは肌のバリア機能を破壊しかねないということです。
肌の最も外側にある角質層は、外部刺激から体を守り、体内の水分蒸発を防ぐ「バリア」の役割を担っています。このバリア機能がダメージを受けると、乾燥・肌荒れ・敏感肌といったトラブルを招くだけでなく、本来なら肌に侵入できないはずの物質が体内に入り込む可能性が生じます。
特に乾燥肌の方は要注意です。もともとバリア機能が弱い状態にあるため、誤った洗顔方法や過剰な洗顔回数によって、さらに症状を悪化させてしまうリスクがあります。
洗顔がバリア機能を壊した実例
洗顔が肌のバリア機能を損なうことを、私たちに強く印象づけた出来事があります。2011年に社会問題となった「石鹸による小麦アレルギー発症事件」です(資料4)。
特定の石鹸を使用していた方々が、ある日突然、小麦を含む食品を食べて重篤なアレルギー症状を発症するという事態が相次ぎました。原因は、その石鹸に含まれていた加水分解コムギ(小麦由来成分)でした。
しかし、問題の本質はそれだけではありません。洗顔によって肌のバリア機能が低下したことが、この事態の背景にあったのです。
小麦アレルギーが発症したということは、小麦の成分が皮膚の角質層を通過し、その奥にある免疫細胞(ランゲルハンス細胞など)に到達したことを意味します。つまり、洗顔が肌表面のバリア機能の突破を許してしまったわけです。
現在は危険な成分は排除され、石鹸の成分自体を過度に心配する必要はありません。しかし、この事件が教えてくれた教訓を「過去の話」として忘れ去ってはならないのです。
まとめ:洗顔は諸刃の剣
洗顔はスキンケアの基本であり、美肌づくりに欠かせない習慣です。しかし同時に、すべてを台無しにしかねないリスクも伴う行為であることを忘れてはなりません。
洗顔による肌荒れや乾燥を防ぐためには、以下のポイントを意識しましょう。
✅洗顔回数は1日2回(朝・夜)を基本に、過剰な洗いすぎを避ける
✅乾燥肌の方は、朝はぬるま湯だけの洗顔も選択肢のひとつ
✅ゴシゴシ擦らず、泡で優しく洗う
✅熱いお湯ではなく、ぬるま湯(32〜34℃程度)を使用する
江戸時代の人々が「強く擦ってはいけない」と戒めていたように、洗顔は「優しく、丁寧に」が鉄則です。
洗顔が肌のバリア機能を壊しかねない行為である——この教訓を肝に銘じて、日々のスキンケアに取り組んでいただければと思います。
【参考資料】
1 ポーラ文化研究所「原始化粧から伝統化粧の時代へ 平安時代4」(『化粧文化』日本の化粧文化史)https://www.cosmetic-culture.po-holdings.co.jp/culture/cosmehistory/010.html
(最終閲覧日:2025年12月5日)
2 国立国会図書館. “第1章 江戸時代の化粧”. 本の万華鏡 第29回 めーきゃっぷ今昔 ―江戸から昭和の化粧文化―
https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/29/1.html
(最終閲覧日:2025年12月4日)
3 ポーラ文化研究所. “伝統化粧の完成期 江戸時代4 美肌意識とスキンケアの現れ<洗顔>”. 日本の化粧文化史
https://www.cosmetic-culture.po-holdings.co.jp/culture/cosmehistory/017.html
(最終閲覧日:2025年12月4日)
4 化粧品開発とその障害の歴史 II 〈洗顔石鹸に含まれた加水分解コムギ(グルパール®19S)による 即時型コムギアレルギーとロドデノール誘発性脱色素斑〉
松永佳世子
日本香粧品学会誌
2022;46(4):364–374
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*2025年10月1日調べ

制作・執筆:坂田修治(医師:美容外科・美容皮膚科 青い鳥 院長)
(最終更新日:2025年12月5日)





